「みんなの肌潤糖」でアトピー跡を薄くしたい

みんなの肌潤糖と言うスキンケアアイテムを知っているでしょうか?
アトピー跡を改善することが出来るスキンケアアイテムとして全国で日本一売り上げを伸ばしているアイテムです。

そんなみんなの肌潤糖ではどれほどアトピー跡を薄くすることが出来るのでしょうか?

このみんなの肌潤糖は、ガサガサやごわつきに悩む娘のために、その母親が5年の歳月をかけて開発したお砂糖のスキンケアアイテムです。
赤ちゃんでも安全に使うことが出来る保湿ケアアイテムで、顔、腕や足、全身に使うことが出来ます。

先天的にアトピーだった人はかゆみや乾燥で従来悩まされてきたことでしょう。
メイクで隠そうにも逆にファンデーションで肌荒れしたりと悩みは尽きません。
毎日しっかり湯船に浸かって清潔にしているのに、肌が黒ずんでいると、不衛生に見えるし、恥ずかしいと言う思いもあることでしょう。

そんな中、インターネットの口コミで広まっていたのがみんなの肌潤糖です。
使い始めの当初は砂糖を肌に塗ると言うことに抵抗もあるようですが、ベタつきもなく、お湯でさらっと流すことが出来ます。

みんなの肌潤糖は柑橘系のシトラスの香りがしますから、爽やかな気分でお風呂に入ることが出来ます。

しかし、みんなの肌潤糖を続けて3週間もすると、黒ずんでいる肌はどんどん薄くなり、白くなっていくと言うのです。
全身に塗ることが出来、しかも顔にも使うことが出来ると言う優しい処方となっています。

このみんなの肌潤糖は、通常のスキンケアアイテムとは異なり、従来の肌質を変えていくスキンケアアイテムです。

アトピー 色素沈着は肌内部で弱い炎症が常に起こっている状態と言えます。
ですから常にメラニン色素が放出されていることになります。
それをみんなの肌潤糖によって、たっぷりの美容成分や保湿成分を角質層の奥まで浸透させることで、肌バリアを内側から高めてくれるんですよ。

1か月続けると、その効果を見ることが出来るとも言われています。
他のスキンケアアイテムとは異なり、効果が期待されるのには多少の時間がかかりますが、その時間を払うだけの代償は大きいと言われています。
みんなの肌潤糖の公式サイトには様々なユーザーの口コミが満載ですが、どれも皆、頑固なアトピー跡が薄くなって嬉しい!
と言う声が一杯です。

アトピー特有のカサカサ突っ張る肌が、すべすべの肌に生まれ変わることが出来るのが、みんなの肌潤糖と言うスキンケアアイテムなんですよ。
もし、今あなたがステロイド剤を使っても、どんな自然派コスメを使っても、アトピー跡が治らない、症状が悪化すると言う事態に巻き込まれているのであれば、一度みんなの肌潤糖を試してみると良いでしょう。

きっと良い結果が待っていると思いますよ。

足裏のケアについて

足裏のマッサージに行ってみたり、足裏を刺激するマッサージ器を試してみたりと、最近足裏を労わっております。マッサージでは、肩と腰の部分に老廃物が溜まっていると言われました。その通りです。ゴリゴリされて、足湯を楽しんで、ものすごく癒されました。翌朝起きてみれば腰がとても軽くて幸せでした。効果あります。

ただ、いつの間にか戻ってしまうので継続が必要だなと感じます。加えて、足裏マッサージは時間とお金の制約があり、マッサージ器も金額と狭い部屋に保管する場所などを考えると導入は難しいかもしれない。ということになり、今、注目しているのが足裏樹液シートです。
とりあえず、チタンシートがどうたらこうたらという商品を一回分お試しで購入してみて使ってみました。足裏から水分は出ていたようで、朝起きてみればねとねとの状態でした。画像を検索すればネット上で見ることができるあの茶色い感じです。起きてから気持ちは、よかったかな? と思います。続けて試して効果をみたいところなので、何回か使えるように商品を選ぼうとしております。

ネット上では効果があるのかないのか微妙だとか書かれていたりしますが、お手頃で(毎日使うとお手頃とも言えないかもしれませんが)何より寝る前に貼ればいいだけという簡単さが素晴らしいです。

となると、あとは商品選びです。これもインターネットに頼ってみました。そして今、悩んでおります。候補が複数出てくるのです。どれから試すのか、どれがいいのかとなると結構悩みます。加えて自分は科学的な匂いに弱いので、シート自体にどんな匂いがついているのかも器になるところです。苦手な匂いを発するシートを大量購入してしまうと悲しすぎます。同じメーカーさんから出ているものであれば、全種類1セットとか2セットとか入っているお試しセットを作成して欲しいと思います。

まあ、本当は試してみたいものは複数メーカーなので、お試しを全部出して欲しい、とか無茶ですが。
とにかく、目と肩と腰を楽にするために、まだまだ迷走する模様です(己のことなのに)。

いいヘッドフォンを探しています

最近私の中でのマイブームはヘッドフォンで音楽を聴く事です。ジャズやオーケストラ、ヒップホップ、ロックなどいろんなものを聴いています。最近全く音楽を聴かなくなっていたので、以前に聴いていたものをもう一度聴いてみるとなんだか懐かしくなったり、聴いていた当時の事やロケーションが思い出せてなんだか楽しくなってくるのです。

最初の頃は部屋にあったカナル型のイヤフォンで聴いていたのですが、どうせ聴くならと思い、以前から気になっていた無線で聴けるコードレスのヘッドフォンを購入してみました。これはBluetoothという接続方法で、プレーヤーとコードレスで繋げるのですが、コードが無いだけでこんなにも違うものかと思うほど楽でした。よくコードが邪魔だなとか、カバンの中でコードが絡まってしまい嫌な思いを昔はしていたのですが、コードレスにしたおかげでストレスが無くなりました。

しかし最初に買ったヘッドフォンはデザインの面であまり納得がいきませんでした。私は散歩中など出かけているときも音楽を聴くので、ヘッドフォンはファッションの一部でもあるのです。最初に買ったものは音楽を聴く面では問題なかったのですが、見た目が何となく気に入らなかったのです。

という訳で私はヘッドフォンをもう一台買う事にしたのです。しかしまたしても失敗してしまいました。今度は見た目の方は気に入っていたのですが、性能の方があまり良くありませんでした。これは知り合いの個人の方から買ったのですが、詳しい説明はあまり聞いていなかったので、まあ普通の性能くらいはあるだろうと勝手に思い込んでいたのですが、ちょっと使いたくなくなるくらいひどい音でした。やっぱり個人間の取引は難しいなと感じました。

そしてその後もまたヘッドフォンを買ってしまいました。今度のはデザイン面も性能もまあ問題ないかなという感じでした。しかしいったん探し始めると最高の物が欲しくなってしまい、今でもまだ良いヘッドフォン探しをしています。

お茶を入れなくなったのはお茶が堅苦しいから

お茶を飲む若者が少なくなっている様なのですが、私もここ何年もお茶を飲まなくなったなと思いました。

ペットボトルのお茶ではなく茶葉から入れるお茶です。

子供の頃、毎回食事が終わればお茶を入れて呑むのが習慣でした。しかし結婚して実家を離れてから我が家には茶葉すら置いていません。

ゆっくり座ってお茶を飲む時間がないことや、お客様が家に上がる機会がないのもお茶を飲まなくなった原因です。

ペットボトルのお茶と違い、茶葉から入れるお茶は空白の時間がなければなかなか飲む気になれません。

母が「やっぱりお茶はお茶屋さん。」と口癖の様に言っていたのですが、お茶はそんなお手間をかけてこそ美味しい様な気もします。

母が入れてくれるお茶はとても美味しかったです。茶葉を選ぶことも楽しんでいて、行きつけのお茶やさんからいろいろ情報をもらって、お湯の温度や器にも思考を凝らしていました。

入れる人の心がお茶の味を変えてしまうからといって、私が雑に入れるとすごく叱りました。そして、飲む相手の状態もよく観察して、例えば苛々している人とウキウキしている人には同じお茶は入れないと言っていました。
飲んで落ち着いて「一息ついた」そういうお茶を入れてくれました。

でも、だからこそ今の私がお茶を遠ざけてしまっているのかなと思います。
とても敷居の高い物に感じてしまうのです。

何かすごく勿体無い気がしますので、簡単にお茶を入れて飲むことについて調べてみました。すると、カジュアルにお茶を入れて飲むことは、けして悪いことではない様なのです。作法は作法であるけれど、もっとカジュアルに入れてお茶を楽しみましょうよというスタンスに逆にびっくりしてしまいました。

母にそれを伝えたら「そうよ、お茶を正しく美味しく入れるのはもちろん良い事だけど、入れることが面倒臭くなるようでは元も子もないからね」ですって。
数年前の母からは考えられない言葉です。

時代が変わり母も変わったのですね。

思いを届けることで人生が変わる。ミスチル×高橋一生のショートムービーに興奮。

言わずと知れたモンスターバンドMr.Childrenと人気急上昇の俳優・高橋一生がdocomoのショートムービーで共演することが発表され興奮がおさまらないでいます。
今年Mr.Childrenはデビュー25周年を向かえました。

先日のライブに参加してきましたが、20年前の曲も今年の新曲もどちらも同じように素敵で決して色褪せずに歌われていることに驚きました。
曲を聞けば、当時聞いていた頃の思い出が鮮明に蘇ります。

音楽には記憶を包み込んで記憶する魔法のような力があって、普段は思い出せないようなことでも音楽とともに呼び起こすことが出来ます。

この曲を聴いていたときに一緒に聞いていたあの人はいまどうしているかぁ・・・なんてセンチメンタルになることもしばしば経験があります。
爆発的に売れたバンドであるからこそ、たくさんの人の耳に届き、心に残り、実にたくさんの記憶を内包しているはずだと想像できます。

また、高橋一生さんは人気が出たのは最近ではありますが、芸歴は長く10歳のときより芸能界に身を置く役者さんです。
彼の独特の間合いの取り方や、目線の動かし方、時折見せる悲しげな表情、無邪気に顔をくしゃくしゃにして笑う顔など
彼にしかない魅力を持っている人です。

役柄も口数の少ない秘書や野望に燃える警官、嘘を隠し通そうと平然を装う夢追い家、イカれた社長など様々で
どれも似通うことなく演じ分けている実力派の俳優さんです。

そんな輝きを放ち続ける2つがついに共演してしまうのです。
このニュースのリリースに興奮している日本の女子はたくさんいると思います。

この共演を仕組んだdocomoもまた日本の女子の心をつかんでいるという実感があるように感じます。
ショートムービーの予告を拝見したところ、
「たった一本の電話で世の中が変わる」というメッセージがありました。
たった1曲、たった1本の映画にもかけて、思いを届けようとする行為には世の中を変える、人生を変えるようなかえる力があると訴える内容になっているのではないかと推測しています。

わたしもこうして想いや考えを書き綴っています。世の中を変えるような力になればいいなと願っています。
ショートムービー公開は7月18日です。

待ってるぞ!がんばれ!赤松真人!!

「今だ、魅せろ君の果敢な姿を 赤い星を捉え そこで君が輝け?」

これは、広島東洋カープの赤松真人(34)の応援歌である。

赤松は2004年にドラフト6位で阪神タイガースに入団し活躍を見せたが、2008年に阪神タイガースにいFA移籍した新井貴浩(2015年にカープに復帰)の人的補償でカープに移籍した。

もともと、高校時代唯一、カープのスカウトからプロ入りを打診されていたようだ。

その縁もあって新井のFAの人的補償という形でカープに入団した。

2008年4月29日の東京ドームで行われたジャイアンツ戦でプロ入り初ホームランを初回先頭打者で放つと、翌日の試合でも先頭打者でホームランを放った。
その翌日の5月1日もホームランを放ち1990年の石井浩郎以来、プロ初ホームランから3試合連続ホームランを記録した。

また盗塁も高い成功率を誇った。

オールスターにも出場するなど人気を誇った。

中でも注目を浴びたのが2010年8月4日のマツダスタジアムで行われたベイスターズ戦で村田修一が放ったホームラン性の打球をフェンスを一足飛びによじ登り捕球した!スーパーファインプレー!!!

海外メディアでも取り上げられ話題となった。
「日本の野球市場、もっとも衝撃的なキャッチだ」と紹介した。
さらに米スポーツ専門テレビESPNでも全世界のあらゆるスポーツの中かから選ばれるその週の「トップ10」にて1位に選出されるなど大きく取り上げられた。

またYouTubeでも100万件以上このプレーの動画が再生された。

このキャッチは「スパイダーマンキャッチ」と話題になり、マツダスタジアムにも等身大の人形が作られたほどだった。

2015年にはFA権を行使せずカープに残留することを決意した。

25年ぶりのリーグ優勝を果たした昨年、2016年には89試合に代走、守備要員で出場し、圧倒的な盗塁成功率を記録するなどチームの優勝に貢献した。

しかし、そんな赤松にまさかの病魔が襲うことになる。

12月15日に人間ドッグで胃内視鏡検査を受けたところ、初期段階の胃癌が発見された。

今年の1月5日に胃癌の摘出手術を受け、16日に退院し、療養とリハビリに専念した。

赤松選手は昨年12月28日に胃癌を患っていたことを公表した。
「ショックが一番だった。でもその前にまさか自分が。ウソだろうと」と当時の心境を振り返った。

手術後の抗がん剤の治療を行い、「手術をしてから、病気だったんだと思うことはあった。(抗がん剤治療は)本当につらいんですよ。立てないくらい。3日寝込むくらい」と振り返った。

手紙やブログを通じて多くの励ましのメッセージを受け取った。

「もちろん(励みに)なりました。特に同じ病気をされてる方、もっと大きい病気をされている方からも手紙をもらった」

特に先月22日亡くなった小林麻央さんのブログには夫婦ともに励まされていたという。

同学年の34歳で面識はないが、ブログを見ては「強い人。つらいのにあの笑顔で」と勇気をもらっていた。

ゆえに、小林麻央さんの死去に夫婦二人で泣いたという。

「病院で見たの。嫁と2人で号泣。ダメだね。泣いちゃうねって。度合いも場所も違うんだけど、分かるのよ。つらさ」と。

ともあれ、赤松選手を支えているのは奥さんの存在だ。

奥さんとは立命大時代に知り合い、2007年12月に結婚し、2008年12月20日に広島市内で女性と挙式を挙げた。

その妻が「野球をやらせたい」と献身的に支えている。

7月17日にTBS系列で放送される「壮絶人生ドキュメント プロ野球選手の妻たち」という番組の中で紹介されるという。

その赤松真人の必死の努力は、昨日(7月11日)3軍で復帰を果たした。

広島・廿日市市の大野練習場で筋力測定や軽いジョギングをこなし、約1時間半汗を流した。

体重は約2キロ落ちたというが、笑顔が絶えなかった。
「ちょっと筋力のチェックをしたんですけどひどいです。ひどい衰えというか。これだけ落ちるんだなと。胃を切ったのもあるけど、運動量が落ちていますからね」と朗らかに語る。

そして赤松真人は決意を語った。

「言ってみれば僕は運動も出来るし食事も出来る状況なので。やらないと逆に失礼だと思うから。僕がしっかり運動をして、回復をして、そういう方々に勇気を与えるのが僕の使命。頑張らないといけない。プロ野球選手にとって、1軍の舞台が一番。そこで活躍するのが目標。ジャンプアップは出来ないけど、1歩1歩頑張っていきたい」

今、チームはペナントレースが前半戦を終了しようとしている中で、首位に立ち2位阪神に8ゲーム差と独走状態にあり、連覇と33年ぶりの日本一を目指している。

球団もチームメイトもそしてファンも全力で応援している。

そして、また赤松真人がマツダスタジアムで駆けゆく姿を待っている!!

頑張れ!赤松真人!!

正々堂々の大俳優の王者 三船敏郎

渡辺謙、真田広之、浅野忠信、菊地凛子と海外、ハリウッドで活躍する俳優、女優は数多くいる。

しかし、その中において今尚、鮮烈な光彩を放ち続ける俳優がいる。

今年でこの世を去って20年となる三船敏郎だ。(1997年12月24日 満77歳没)

1920年4月1日に生まれた三船敏郎は満洲国・公主嶺の陸軍第七航空隊に配属され、過酷な時を過ごす。

声の大きさは昔からだったみたいで、上官から声が大きいというだけで顔の形が変形するほどぶん殴られたという。

死ぬような思いをして、終戦を迎えたという。

1945年に撮影助手で東宝の面接を受けたが、その強烈な存在感により、俳優となったという。

その堂々たる存在感とただならぬ気配は、黒澤明やその師匠である山本嘉次郎監督の目に止まったという。

1948年(昭和23年)自身としてデビュー3作目となった黒澤明の「酔いどれ天使」では三船敏郎は結核患者を演じ、そのギラギラとした眼差しと存在感により、三船敏郎は一躍スターに登りつめた。

この作品から黒澤明とコンビを組んでいくことになる。

「静かなる決闘」刑事役を演じた「野良犬」と強烈な存在感を示してきた三船敏郎。

1950年(昭和25年)に公開された「羅生門」が1951年にヴェネチア映画祭で金獅子賞を受賞したことで、三船敏郎の名が世界に轟き渡った。

1954年に公開された「七人の侍」では破天荒なキャラクターである菊千代(きくちよ)を演じた。

七人の侍の中で唯一侍ではなく百姓である菊千代は、破天荒なキャラクターである反面、人情深い一面を持っている。

中でも名シーンの一つが、七人の侍たちが死して野武士の猛攻から守ろうとしてきた百姓たちが実は落ち武者狩りによって武器や鎧またお酒などを手にしてことを知った、侍たちは百姓たちに怒りを覚える。

そんな侍たちに菊千代は叫ぶ。
「やい、お前達、一体百姓をなんだと思ってたんだ?
仏様とでも思ってたか ああ?
笑わしちゃいけねえや。百姓ぐらい悪ずれした生き物はねんだぜ。
米出せって言や、無え。麦出せって言や、無え。何もかも無えって言うんだ。
ふん、ところがあるんだ。何だってあるんだ。
床板ひっぺがして掘ってみな。そこに無かったら納屋の隅だ。
出てくる、出てくる、瓶に入った米、塩、豆、酒。
山と山の間へ行ってみろ。そこには隠し田だあ。
正直面して、ペコペコ頭下げて嘘をつく。なんでもごまかす。
どっかに戦でもありゃ、すぐ竹槍作って落武者狩りだい。
よく聞きな。百姓ってのはな、けちんぼで、ずるくて、泣き虫で、意地悪で、間抜けで、人殺しだあ。
ちくしょう。おかしくって涙が出らあ。
だがな、こんなケダモノ作りやがったのは一体誰だ?
おめえ達だよ。侍だってんだよ。
ばかやろう。ちくしょう。
戦のためには村あ焼く、田畑踏ん潰す、食い物は取り上げる、人夫にはこき使う、女あさる、手向や殺す。
一体百姓はどうすりゃいいんだ。百姓はどうすりゃいいんだよ。くそー。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう」

劇中では当時の録音の関係と早すぎて何を言ってるかわからないというところもあるが、この感情を剥き出しにした叫びは強烈に心に残る。

また、七人の侍の撮影は過酷を極め、なんと最後の雨の決闘シーンは真冬の中で雨を降らせて行ったということで、監督の黒澤明自身、足の爪が死んでしまったという。

兵隊として体力をつけてきた三船敏郎でさえ撮影後、入院をしているほどだ。

次の年公開された「生きものの記録」では米ソの原水爆実験に怯え、日本が巻き込まれると恐怖し、日本からブラジルに移住しようと叫ぶ老人を演じた。
当時、35歳であったが、見事なメイクと演技で演じきっていた。

1957年に公開された「蜘蛛巣城」では何十本という本物の矢から逃げ惑うという命をかけた演技をし、更に、1958年に公開された「隠し砦の三悪人」では馬に乗りながら両手放しで刀を手に疾走する馬に乗って戦うという、スタント無しCGを使わずとんでもないアクションを披露した。

そして三船敏郎また侍というものを世界に轟かせた作品が、1961年に公開された「用心棒」またその続編として1962年に公開された「椿三十郎」だ。

用心棒自体がそれまでの時代劇を覆した作品となった。

西部劇的な要素を取り入れ、この作風が世界で大ヒットし、クリント・イーストウッドが主演を務めた「荒野の用心棒」(1965年)となってリメイクされた。

この三船敏郎が演じた三十郎!!!(用心棒では桑畑三十郎!)

その刀さばき、アクションが半端ない!

そのスピードたるや世界の映画史に燦然と残るスピードを誇るという。

用心棒のラストシーンでは、1人で10人近くの敵に向かっていく。

その際、仲代達矢が演じた卯之助はピストルを保持している。

その卯之助がピストルを撃つのスピード以上の速さで包丁を右腕に突き刺す。
それにより、狙いが外れ、その隙をついて、ものすごいスピードで向かっていき、10人近くをばったばったと切り裂いていく。
まさに瞬殺であった。

更に、椿三十郎では31人の敵を相手に約35秒で瞬殺しました。

そしてこの映画で最大の話題となった仲代達矢演じる室戸半兵衛との一騎打ち!!

1分30秒の沈黙を超え、ものすごい速さで刀を繰り出す三十郎の刀さばきで室戸の命を奪う。

この時の、スピードはなんと0.3秒!!

カメラのフイルムでも正確に捉えきれていないようだ。

その後「天国と地獄」(1963年)を経て、1965年に公開された「赤ひげ」では厳然とした山の如き人物を演じた。

この作品が黒澤明作品に出演した最後の作品となった。

世界でも三船敏郎の人気は凄まじいもので、1971年に公開した「レッドサン」など16作品もの海外の作品に出演している。

また、黒澤明の大ファンで知られる、ジョージ・ルーカスはある映画に出演するよう三船敏郎にオファーを送っている。

それは「スターウォーズ」だった。

しかも、その役はダースベイターだったという話である。
(もし実現していれば、エピソード1以降のアナキンの配役は日本人になったことだろう)

今では、渡辺謙、真田広之、浅野忠信、菊地凛子など海外で活躍する日本人俳優はいるが、ここまで世界に影響を与えた俳優はいないのではないだろうか。

その象徴とも言えるのが、2016年11月14日、ハリウッドの殿堂入りを果たしたのだ。

ハリウッド殿堂入りで日本関連としては俳優の早川雪洲さん、そしてゴジラがある。

その中において、こうして日本人俳優が厳然と世界の映画史に名を残したのだ。

現代の俳優で、三船敏郎にかなう俳優は果たしているのであろうか。

2007年に「椿三十郎」森田芳光がメガホンを取りリメイクした。

脚本はそのまま、オリジナル(菊島隆三/小国英雄/黒澤明)のものを用いた。

椿三十郎を務めたのは織田裕二だったが、三船敏郎の演じた三十郎には足元にも及ばなかった。

三船敏郎のあのギラギラとした眼光から放たれる目力と迫力ある声。

また、ある世界の桂冠詩人がハワイの地で三船敏郎を激励した際、「三船さん。何があっても正々堂々と進んで下さい」との言葉を贈った。

「正々堂々」のこの言葉に象徴される三船敏郎の力強い演技は今でも燦然と輝きを放っている。

ついつい意地になってしまいました

日用品から家具にいたるまでお世話になっているネットショッピングなのですが、無駄な買い物や少しでもお得に購入することに気を付けています。

そのため、一番良く買い物をするサイトの有料会員になることを決意してから約一年、とうとう、この日がやってきたのです。

年に一度のAmazon Prime Dayがあるということもあり、事前広告をしっかりとチェックし、
以前からためておいたお気に入り登録商品や、購入履歴を念入りに確認。

家族にも、欲しい商品があったら事前に報告するよう周知し、無駄遣いしないぞと決意を固め、その日を迎えました。

この30時間は睡魔との闘いかもと挑むつもりでいたわたしに対する周囲の冷ややかな目を気にしながら、
あとでお買い得だったと自慢しようと、様々なカテゴリーに分けられている商品群を夢中になってチェックしていたのです。

欲しかった商品ではなくても、同様の商品が70パーセント引きだったり、似たような商品が魅力的な金額だったりと、
検索の手が止まりません。

結局、買うつもりのなかったバックや、やるつもりのなかったランニングのための靴など、
予定を大幅に上回るお買い物となってしまいました。

当初は冷ややかな目で見ていた家族も、わたしの熱気にただならぬものを感じたのか、
時間ごとに変わる商品群に圧倒されたのか、気が付けばわたしのノートパソコンは取り合いになり、
最終的にはテレビモニターで家族でチェックするようになったのです。

祖母まで、今の右端の商品をちょっと拡大してちょうだいと言うようになり、
若干、ゲーム感覚でお買い物を家族で楽しんだのは良かったのですが、

運動が苦手な一家のはずが、これを機に体を動かそうとウォーキング用の衣装や靴を熱心に検討する姿を見て、
やはり血は争えないなと実感。

Amazon Prime Day終了直前まで楽しませていただいた後は、購入したものだけでなく購入を諦めた商品の通常価格をチェックし、
実は通常からお買い得な値段設定だったというものもあったのですが、かなり得したなという満足感に満たされました。

通常よりも多い配達量だろうと日時指定や時間指定は配送業者の方にご迷惑かなと思い、
何の指定もしていなかったのに早々に届き始めた商品を見ながら、しばらくの間はお買い物を控えようと決意しています。

何度訪れても癒される場所

京都が好きなので、少なくとも年に1回はそこに行きます。
見どころも多く、様々な楽しみ方ができますが、私の場合だいたい訪れる場所が決まっています。
その中で絶対に外せないのが、京都市左京区にある下鴨神社。
ここは何度訪れても飽きないし、いつも癒されます。

下鴨神社には糺の森という、有名な森があります。
ここは、紀元前3世紀ごろの原生林と同じ植生が伝えられている由緒ある場所です。
私は特にその糺の森が好きです。
ここを通るたびに自分の心が洗われ、癒されます。
仕事で嫌なことがあったり、人間関係に疲れたりしたとき、糺の森を通ると、その悩みが吹き飛びます。
森の中を流れる小川のそばでたたずんでいると、いかに自分の悩みがちっぽけなものと感じます。

糺の森は、奈良・平安時代より、多くの詩歌管弦、物語に登場します。
それだけ人にとって魅力的な場所ということです。
私もその一人。
心をとらえてやまない名所のひとつとなりました。

下鴨神社に参拝する場合、この糺の森を通ってから参るのがよいそうです。
森の中を通ることによって、人についたけがれが祓われます。
そして、清い心身をもって神様に参ることができるのです。
私はいつもそうしています。
そうすることで、願いがかないやすくなるのではと思っています。

前回訪れたのは、5月の半ばでした。
時刻は、夕方5時ぐらいでした。
糺の森では子供連れの家族も多く、子どもが楽しそうに遊んでいます。
ここは、人々の憩いの場所でもあるようです。

そういえば、開運法の一つに森林浴というのがあります。
森の中に身を委ね、木々から発せられる「気」を取り込むことによって運が上がるそうです。
朝5~7時ぐらいにやると澄んだ森の「気」をいただけるということで、特によいらしい。
早起きはちょっと苦手なので、今は無理かな…。
でも、いつかは朝来てみたいですね。
昼間とはまったく違う清々しさがあると思います。
想像しただけでもワクワクです。

次は冬に来る予定です。
そういえば、冬の糺の森を見たことがありません。
どんな様子を見せてくれるか、楽しみです。

知らない母親からもらった、小さな感動 

踏切のある街に住んでいる私は、買い物ひとつ行くにしてもどこへ行くにしても、駅の向こう側に行くときは踏切に足止めをされてしまうことがしばしばあります。

この足止めも、電車が通り過ぎていくまで待たなければならず、こういうときの待ち時間は意外と長く感じるものですね。
踏切ルートを避けて行けるに越したことはありませんが、目的地によってはどうしても踏切を渡らないといけないときもありますから、雨が降っているときなどは案外大変なシチュエーションだったりします。

私の街はとても便利なのですが、この踏切周りの交通状況整備が不十分なところが毎度の難点でもあります。
踏切周りではいつも必ず、それぞれの岸から渡ろうとする車や自転車、歩行者と踏切を渡り切ったところで繋がっている道路にもまた走る車、自転車、歩行者とのごった返しが大変危険なシチュエーションになります。

道路も狭いので、物理的に整備をするにも操作するわけにはいかないであろう線路側ではなく、反対側の住宅街の道路を大幅に広げないといけないため、どちらにしてもそうそう簡単に解決のための着手ができる整備状況でないことも難しいと思います。
そんな状況や条件の悪い踏切周りを、今日もお買い物の帰りにたまたま通ったときのことです。

相変わらず車と自転車と歩行者で混乱する踏切周りで、自転車に乗った子供と、その後ろにいる母親とおぼしき女性が通りかかりました。

そのとき、注意力や認知力のない子どもが周りを顧みずに自転車を走らせており、母親である女性がひと言。
「ほらーっ!ここは危ないからちゃんと前見て気をつけて!」
親としてしっかり子どもに促すべき注意を促しているという光景に「おぉ~」と、小さな感動を覚えたひとコマでした。

今の人は、親御さんであってもこういうちょっとしたとき、されど必要なときという瞬間に注意を促したり叱ったりということが適切にできないことが多いので、このような親御さんが増えていってほしいと思いました。